「休みなさい」と言われて、俺は3月から7月まで、5ヶ月間仕事を休んだ。
「ゆっくり休めてよかったね」と思うかもしれない。
違うのだ。休職の最初の数ヶ月は、休息じゃない。別の種類の地獄だった。
寝ても、休まらない
しばらくは、ほぼずっと寝ていた。
正確に言うと、寝ることしかできなかった。テレビも観れない。スマホを見る気力もない。食事も喉を通らない。
そして布団の中で、同じ思考がぐるぐる回る。
「会社を辞めるしかない」「ローンはどうする」「家族はどうなる」「まわりの人にどう思われてる」——
考えても仕方ないことを、考えるのをやめられない。それがうつだ。
布団の中で、考えなくていいことばかり考えた。
「死ぬくらいなら辞めればいい」と思う人もいるかもしれない。でもローンと家族を抱えた41歳には、そう簡単に割り切れる話じゃなかった。
プライドはズタズタだった。でも、そんなこともまぁいいか、と思えるくらいには追い詰められていた。
あの頃は、支えてくれている人のことすら、考えられなかった。頭に浮かぶのは、最悪のシナリオばかりだった。
誤解のないように書いておく。死のうとしたことはない。ただ、死にたいと思ったことは、ある。
布団の中で、そこまでは行った。
休職中にあった、娘の入学式
休職中に、娘の小学校の入学式があった。
行った。ちゃんと行った。
ピカピカのランドセルを背負った娘の隣に、俺はいた。写真にも残っている。
でも、元気はなかった。あの日、自分が何を話したのか、どんな顔をしていたのか、よく思い出せない。家族には迷惑かけたな。
体は、正直だった
最初は食べられなくて痩せた。その後は動かず寝てるだけで、最終的に体重は15kg増えた。体は正直で、心が守りに入ると、体を重くするらしい🤭
回復は、薬じゃなくて「人」から来た
転機は、突然来た。しかも全部、人だった。
ひとり目は、別の職場に異動した先輩。当時そこまで仲が良かったわけでもないのに、突然連絡をくれた。
「飲みに行かない?」
急な連絡ですこし戸惑ったが、何かのきっかけになればと出掛けてみた。あまり詳しく覚えていないが、いろいろな話をしたはずだ。
覚えているのは「休んでるけどいいんだよ、出かけなよ」
そう言って、自分のおすすめの場所をいくつも教えてくれた。富士山近くのそば屋、茨城のメロン狩り、成田山の太鼓祭。そして最後に「また誘うから」と言ってくれて、そのあと何度か飲みに誘ってくれた。ちなみにこの先輩とは、今でも飲みに行く仲だ。
実際に、家族で太鼓祭には行ってみた。きっかけをもらわなければ、絶対に行くことはなかったと思う。
ふたり目は、両親。
「何とかなるから、今はゆっくり休みなさい」
母は、それだけだった。細かいことは、なんにも聞いてこなかった。
父は、口で言うタイプじゃない。塞ぎ込んでいる俺を、いろんなところに誘って連れ出してくれた。藤まつりも、そのうちのひとつだ。
正直、外に出るのはしんどかった。でも、一人で布団にいるだけでは、何も解決しなかったことも事実だった。
3人目は、当時の上司。定期的に連絡をくれて、今までと変わらず接してくれた。
とても気にかけてくれていて時折ジョーダンも言ったりしつつも親身に接してくれた。
親分肌な人でこの人がいなかったら俺は辞めていたかもしれない。いまでも当時のメンバーを集めて定期的に飲み会を開催してくれている。
そして、妻。
「大丈夫。今は休んで。必ず良くなるから」
「仕事辞めてもいいよ。私も働くから」
自分だって不安だったはずだ。でも一度も、それを俺に見せなかった。
とはいえ、きれいな話ばかりでもない。酔って小さいイザコザを起こすのは、日常茶飯事だった。そんなことを言いながら、それでも、嫌な顔ひとつせずそっと支えてくれていた。
娘は、何もわかっていなかったと思う。
毎朝、眠れずに震えていた。それでも、布団から出る前に、寝ている娘にキスをした。
あの頃の俺にできたことは、たぶんそれだけだった。守るはずだった側が、守られていた。
あの人たちは、見返りなんて求めていなかった。ただ、そこにいてくれた。今でもあれを、無償の優しさだったと思っている。他に言いようがない。
それ以来、俺の中で「豊かな人生」の定義が変わった。
そういう価値観の人もいるだろう。でも俺は違う。
苦しい時に力になってくれた家族、両親、仲間と、
楽しい、豊かな時間を過ごしたい。
その次に、気の合う仲間との時間。
仕事は、その次の次くらいに考えている。
もしあなたの近くに、休んでいる人がいたら
大げさな励ましは、いらない。「頑張れ」もいらない。
「飲みに行かない?」でいい。「祭り行かない?」でいい。
返事がなくても、気にしないでほしい。誘われたという事実だけが、布団の中まで届いている。
俺はそうやって、少しずつ外に出た。そして7月で、休職期間は終わった。
明けるとは言わない。ただ、俺の夜は明けた。それだけは、本当だ。