うつの渦中にいた2021年の話をする。
この年、俺は着任して1ヶ月半で限界に近づき、診断を受け、それでも休めずにいた。
その間、今思えばいろんな人が気にかけてくれていた。
飲みに誘ってくれたり、電話で心配してくれたり。
当時はいっぱいいっぱいで感謝も出来なかったけど、今になってはとても感謝している。
診断より前に、一度だけSOSを出していた
企画部門に着任したのが4月。5月の半ばには、もう限界に近かった。着任から1ヶ月半だ。
ただ、当時の上司には言えなかった。言うのが怖かった。
その頃、たまたま東北時代の職場の人たちとのオンライン飲み会の誘いがあった。断ろうと思ったけど、何気なくその話を妻にしたら、こう言われた。
「だったら、ちょうどいい機会じゃない?」
「今の上司に言えないなら、昔の上司に相談だけでもしてみたら」
「練習だよ」
練習。
この言葉じゃなかったら、俺は動けなかったと思う。「相談しなさい」でも「話しなさい」でもなく、練習。それなら、できる気がした。
飲み会が終わったあと、昔の上司にLINEを送った。「相談に乗ってもらえませんか」。
正直に言う。清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちだった。それまで俺は、弱い自分を人に見せたことがほとんどなかった。
そのあと電話で話した。久しぶりだったのに、嫌な顔ひとつせず聞いてくれた。
何を話したかは、ほとんど覚えていない。ただ、この人は味方だという感覚だけが、はっきり残っている。
その人は、自分の部下にも同じような人がいた、という話をしてくれた。
つまり——君だけじゃない、と言ってくれていたのだと思う。
思いがけない優しさ
異動までの間、現場仕事の部署へ移してもらった。頭が回らず、ろくに仕事はできなかった。
そこに、顔見知りの同僚がいた。それまで深い付き合いがあったわけじゃない。なのにその人は、ものすごく親身になって助けてくれた。
仕事を代わりにやってくれた。声をかけてくれた。何より「気にかけてくれている」ことが伝わってきた。
もうひとり、異動当初から心配してくれていた後輩がいた。飲みに誘ってくれて、こんなことを言われた。
「じゅやさんが選ばれたのは、人柄ですよ」
いい事なのか、悪い事なのか、よく分からないが、きっといい意味で言ってくれたんだと思う。
「悪いのは、あいつら」と言い続けた人
診断の少し前、昔お世話になった先輩から電話が来た。入社してすぐ俺に仕事を教えてくれた先輩だ。
この人は、癖の強い同僚たちを実際に知っていた。本部で一緒に働いたことがあったらしい。
だから、俺の異動が決まった段階から気にかけてくれていた。
電話で、恐る恐る今の思いを話してみた。
「気晴らしに、飲みに行きましょう」
昔ふたりで行ったホルモン屋で飲んで、原宿まで出て、散歩して、明治神宮まで歩いた。そこでお守りを買ってくれた。その後は渋谷方面まで歩いて、もう一軒。かなり遅い時間まで付き合ってくれた。
その道中、俺は何度もこう言っていたと思う。「自分の実力不足です」と。
でも先輩はこう言ってくれた。
「じゅやさんは初めてなんだから、あいつらがしっかりフォローしなきゃダメでしょう」
「悪いのは、あいつら」
当時の俺はもう限界で、一緒にいて面白い相手ではなかったと思う。それでも、嫌な顔せず付き合ってくれた。
「敬語使うなや」
もうひとり。昔から気の合う年上の後輩がいる。二人とも酒飲みで、当時はよく飲みに行っていた。
7月頃、たまたま電話が来て現状を話すと、すぐに「飲みに行くぞ」と日程を調整してくれた。
ガンダムミュージアムへ行って、そのあと近くの飲み屋街で何軒かハシゴした。
その時、こう言われた。
「敬語使うなや」
「タメ口でいいやん」
言われて気づいた。俺はいつの間にか、この人に敬語を使っていた。
昔はタメ口だった。下の名前で呼んでいた。それがいつの間にか、敬語になっていた。
あれは励ましの言葉じゃない。勝手に開いてしまった距離を、元に戻してくれた言葉だ。
ちなみに今は、また普通にタメ口で話している。
戻ったかどうかも、たぶんそこに出る。
「いいから、俺のところに来なさい」
そして、昔の上司からはこう言われた。
「いいから、俺のところに来なさい。何とかするから」
結局その話は断った。もう異動先が決まっていたからだ。
そう言ってもらえただけで感謝している。今にして思うと、なかなか言えることではないなと。
立ち直ったあと、機会があって2ヶ月間だけ一緒に仕事をした。感謝の気持ちを伝えて、いろんな話をした。元気になって良かった、と言ってもらえた。
「どうするんだ」
診断を受けたあと、俺は会社に電話をかけた。「うつです」と伝えて、休ませてほしいと言った。
そうしたら、上司が二人、面談に来た。
夕方、駅前のファミレスで待ち合わせて話をした。何を話したかは、正直あまり覚えていない。
ただ、ひとつだけ覚えている言葉がある。
「どうするんだ」
「休むと、戻りづらくなるぞ」
厳しい言葉に見えるかもしれない。でも、いやな気はしなかった。
この人は、俺が異動する前から気にかけてくれていた。職場の飲み会にも誘ってくれた。飲みすぎて、家に泊めてもらったこともある。直属の上司より、信頼していた。
だからあの言葉は、圧力じゃなかった。本音だった。
当時の俺は、頭が回らなかった。どうすればいいのか、その場で答えを出せなかった。
面談が終わって、帰り道、もう少し話をしたいと思った。
それで、帰りの電車を探して飛び乗った。最寄りの駅までの小一時間、二人で話をした。
結局、俺はその3日後くらいに出社した。
戻されたんじゃない。自分で決めた。その選択が正解だったかは、今も分からない。ただ、当時の自分の選択として、後悔はしていない。
(結果として、そこから休むまでにさらに8ヶ月かかることになる。その話は第2話に書いた)
そして、5年後
最近の話だが、久しぶりに再会した。
休職から復帰したあとの飲み会にも来てくれた。そして今年、さらに出世したその人が、巡視で事務所にやってきた。俺が別のことで参っていたことを知っていて、また同じように言ってくれた。
「正直に言え」
「みんな、お前の味方だよ」
電車に飛び乗って相談してから5年経って、また相談に乗ってもらった。今度は自分から飲みに誘い、飲みすぎて少し失礼なジョーダンも言ったはずだが、次の日ラインで「応援してるからまた飲みましょう」と言ってもらった。
いろんな出会いが絡み合って、いまがある。本当にそう思う。
あの人たちがしてくれたこと
妻は「練習だよ」と言った。先輩は「気晴らしに行きましょう」と言った。後輩は「敬語使うなや」と言った。昔の上司は「俺のところに来なさい」と言った。そして、面談にきて本音をぶつけてくれた人がいた。
みんな、そっと背中を支えつつ、大事なことを伝えてくれた。
あの頃の俺にとって、それが一番ありがたかった。それだけでよかった。
この記事には、まだ書けていないことがある。思い出すたびに、ここに足していこうと思う。
受け取ったものが、多すぎるのだ。
薬でも根性でもなかった。