楽器は弾けない。楽譜も読めない。歌もうまくない。

そんな46歳が作った曲で、妻が泣いた。

AIで作った曲だ。


なぜ、歌にしようと思ったのか

うつで5ヶ月休んだあいだ、妻は一度も俺を責めなかった。

「大丈夫。今は休んで。必ず良くなるから」

「仕事辞めてもいいよ。私も働くから」

自分だって不安だったはずだ。住宅ローンがあって、子どもがいて、夫が動けなくなった。それでも一度も、その不安を俺には見せなかった。

その「ありがとう」を、俺は5年間ちゃんと言えていなかった。

正直なところ
面と向かって言うのは、
照れくさすぎて無理だった。

だから、歌にした。逃げといえば逃げだ。でも、伝わればいいと思った。


AIで曲を作るということ

使ったのはSunoというサービス。歌詞と、どんな雰囲気にしたいかを渡すと、曲にしてくれる。

大事なのは、AIが作ったのは「曲」であって、「気持ち」ではないということだ。

歌詞に入れる出来事は、全部こっちが持っている。あの5ヶ月のこと。妻の言葉。両親のこと。それをどう並べるか、どこを削るか。そこは自分でやった。

実際の作り方は、こんな感じだ。

曲ができるまで
① 自分の気持ちを、そのままAIにぶつける
② AIが歌詞の案を出してくる
それを自分が判断する——却下するか、直すか、自分の言葉に書き換えるか
④ 採用したものだけ、曲にする

③がいちばん時間がかかる。というより、ここだけが自分の仕事だ。

曲名は「返していく時間」にした。

受け取ってきた優しさを、これから返していく。いまがその時だ、という意味だ。


いちばんやったのは、「却下」だった

AIの出す歌詞は、うまい。うますぎるくらいうまい。

でも読むと、たびたび「これは俺の言葉じゃない」と思う。そういうときは、断る。

たとえば最初の案は、こうなっていた。

— AIが出してきた案

今度は誰かの光になりたい

いい言葉だと思う。でも違った。俺を支えてくれたのは、顔のある、具体的なあの人たちだった。

だから直してもらった。

— 直したあと

今度はあなたの光になりたい

二文字しか変わっていない。でも、まるで別の歌になった。

ほかにもある。「生きてくれてありがとう」という案は、「支えてくれてありがとう」に変えた。俺が言いたかったのは、あのとき支えてくれたことへの感謝だった。

曲調も三回ひっくり返した。当時、俺がAIに出した注文はこうだ。

— 俺がAIに出した注文

「素敵なバラードで」

「少し今風な感じかな、46歳のオッサンが歌える感じがいいな」

「今風アレンジはいらないな。ザ、王道バラードがいいかな」

「ちょっとイメージと違ったな。ギターで男性ボーカルでお願いします」

四回目で、やっと自分の曲になった。

ボツにした歌も何曲かある。歌詞まで出来ていたのに、使わなかった。悪くはなかった。ただ、自分の言葉じゃなかった。

ある曲では、タイトルごと6回作り直した。断り方は、だいたいこんな感じだ。

— 俺の断り方

ピンときません
女性の歌になってたよ
疾走感が全然ない
46歳の俺は「オレ」とは言わない。感情移入できません

並べると我ながら注文が多い。でも、ここを妥協したら、もう自分の歌じゃなくなる。

そのあいだ、俺はAIにこうこぼしている。

— 制作中、俺がこぼした一言

まだ、納得いくものに出会いません。
もう少し、粘って良いものに出逢いたい

いま読み返して気づいた。俺は「作りたい」と書いていない。「出逢いたい」と書いている。

やってみて分かったこと
AIと作るとき、人間の仕事は「作ること」じゃない。「これは違う」と言い続けることだった。

聴かせた日のこと

できあがった曲を、妻に聴かせた。

説明はしなかった。「ちょっと作ってみたんだけど」くらいだったと思う。

白状する。俺は、妻の反応を隠し撮りしようとしていた。

やめた。バレバレで、どう考えても無理だったからだ。

つまり俺は、何かは返ってくると思っていたということになる。

ただ、泣くとは思っていなかった。

途中で、泣いていた。

そのとき自分がどう思ったか。正直に書く。

「やった」とは、思わなかった。
ただ、めちゃくちゃ恥ずかしかった。

むしろ「泣かせてしまった」という戸惑いのほうが強かった。

ついでに書いておくと、その日の俺は酔っていた。翌日には、細かいことをもう覚えていない。

あとから思うと、その反応自体が、俺が本気だった証拠なんだと思う。狙って作ったものなら、たぶんガッツポーズしていた。

それでも、翌日にはこう書いている。

— 翌日

もっとブラッシュアップしていくつもりだったけど、もう完成してたよ

直すつもりだったのに、直す気が失せていた。妻が泣いた時点で、この曲は完成していたんだと思う。


そのあと、12曲できた

1曲目ができてから、止まらなくなった。

最初の4曲は、あとから並べてみたら、きれいに一周していた。

最初の4曲
① 支えてくれた家族へ — ありがとう
② いま暗闇にいる人へ — 夜は明ける
③ 少し疲れているへ — 大丈夫
自分へ — まだ途中だ

意図して作ったわけじゃない。作り終えてから気づいた。

そのあとも続いた。尖っていた頃の自分への歌。妻の祖母を見送る歌が2曲母の日に、娘の代わりに妻へ書いた歌。そして、俺の人生を変えてくれた人への歌。イベントで一度だけ握手をしてもらったことがある。話したことは、一度もない。

気づいたら12曲になっていた。全部、誰かに宛てた歌だった。

妻の祖母の歌が2曲になったのには、理由がある。

葬儀の翌日、1曲目を作った。しみったれた歌にはしたくなかった。大往生で、みんな酒を飲みながら笑っていたから。

ただ、この1曲目は誰にでも当てはまる歌にした。うちの話を詰め込まず、送る側みんなが歌えるように。できた歌詞の最後は、こうなっていた。

— 1曲目の歌詞

さよならじゃない またねで 手を振ろう

その翌日、俺はもう1曲作った。今度は本当のことを詰めた。大正、昭和、平成、令和を生き抜いた人の、あの人の人生を。

タイトルは前の日からなんとなく決めていた。「さよなら、またね」。

言ってから気づいた。昨日の歌詞の中に、もう入っていた。

狙ったわけじゃなく、同じことを二日続けて思っていただけだ。

そして「返していく時間」は、いまSpotifyとYouTube Musicで聴ける。自分の曲が、配信サービスに並んでいる。

46歳、楽器が弾けない男が、だ。

作りながら、こんなことを書いている。

— 曲を作りながら

歌は人生を詰め込めるんだね。


AIは、何をしてくれたのか

よく「AIに仕事を奪われる」と言われる。分かる。俺も最初はそう思っていた。

でも、俺の場合はまったく逆だった。

AIがしてくれたこと
才能を与えてくれたわけじゃない。
「才能がないから諦めていたこと」の入口を開けてくれた。

俺には音楽の才能はない。これからも身につかないと思う。

でも、伝えたいことは持っていた。5年分あった。

足りなかったのは技術だけで、その技術をAIが埋めてくれた。それだけの話だ。

HPも作った。ブログも作っている。全部、去年までは「自分には無理」だと思っていたことだ。

だから俺は、自分をミュージシャンだとは思っていない。歌ってもいないし、弾いてもいない。

歌ってないし、弾いてもいない。
でも、どの言葉も自分の言葉だ。

強いて言うなら、監督みたいなものだと思う。撮るのも演じるのも他の人だけど、「それは違う」と言えるのは自分だけ、という意味で。


やってみたい人へ

難しくない。文章が書ければできる。

始めるだけなら金もかからない。俺も無料版で始めた。初日で枠を使い切って、続きは翌日になったけど。

大事なのはひとつだけで、本当にあったことを書くことだと思う。

きれいな言葉を並べても、たぶん誰も泣かない。「あの日、こう言ってくれた」という具体的な事実にしか、力は宿らない。

それは、AIには用意できない。あなたの人生にしかない。

そして、出てきたものが違うと思ったら、遠慮なく却下していい。その判断だけは、絶対に人にもAIにも渡さないほうがいい。

🍀
AIは、才能をくれない。
でも、諦めた入口を開けてくれる。
伝えたいことさえあれば、あとは何とかなる時代になった。
妻には結局、まだ「ありがとう」と言えていない。 — じゅや