去年の俺は、70kgあった。
いま、57kg。
これは、心が戻ってきた記録だ。
太ったのは、食べたからじゃなかった
うつと診断されて、最初に起きたのは「食べられない」だった。
痩せた。げっそりした。それを見て周りは心配してくれた。
でも、本当に体が壊れていったのは、そのあとだ。
起き上がれない。布団から出られない。一日中、寝ている。動かないから腹は減らないはずなのに、なぜか食べる。夜中に食べる。味はよく分からない。
体重は、最終的に15kg増えた。
寝てるだけで太って、最終的に15kg増。
笑い話みたいだけど、笑えなかった。
いちばん効いたのは、妻の祖母の葬儀の日だ。礼服のズボンのチャックが、閉まらなかった。
ベルトでなんとか誤魔化して、そのまま行った。誰にも言わなかった。
鏡を見るのが嫌だった。服が入らないのが嫌だった。でも一番嫌だったのは、その体が「休んでいた5ヶ月間」の証拠みたいに見えたことだ。
そもそも、なんでマラソンだったのか
ひとつ、書いていなかったことがある。
俺は昔、走っていた。
きっかけは、ドラマだ。「ひとつ屋根の下」で、江口洋介が演じる"あんちゃん"が、家族のためにマラソンを走る場面があった。ずっと前に見たものだ。
30歳で結婚したとき、なんとなくそれを思い出した。そして思った。
いま書くと大げさに聞こえるけど、当時は本気だった。守るとか言っても、具体的に何をすればいいのか分からない。でも走るなら、できる。分かりやすい。
だから走り始めた。痩せたいからでも、健康のためでもなかった。
ハーフを走って、車の中で吐いた
30代になったばかりの頃、地元の大会でハーフを完走した。21.0975km。
ゴールしたときは、そりゃあ嬉しかった。完走者にバナナが配られて、それを食べた。
そして、帰りの車の運転中に吐いた。🤮
今でもあれを思い出すと笑ってしまう。人生で一番かっこ悪い完走記念だ。
そして、一度やめている
30代半ばで転職して、遠くの街へ行った。
走るのは続けていた。ただ冬は雪で外を走れないから、近所の市の施設でランニングマシーンを使った。
そのあと別の街にいた頃、フルマラソンにエントリーした。42.195km。ついに、と思った。
でも、走れなかった。
膝が痛くなって、練習ができなかったのだ。雪の中を走ったこともあった。それがよくなかったのかもしれない。結局、当日を迎えることなく諦めた。
そこから、走らなくなった。
そして数年後、俺はうつになって、70kgになる。
一度走るのをやめた男が、17年かけて戻ってくる話だった。
走り始めた理由は、たいしたものじゃない
正直に言うと、劇的なきっかけはなかった。
「痩せなきゃ」でもなかったし、「人生を変えるぞ」でもなかった。
ただ、朝、少し早く目が覚めた日があって、外に出てみた。それだけだ。
走ったというより、歩いて、少し走って、また歩いた。近所の公園を1周もできなかったと思う。
でも帰ってきて、シャワーを浴びたとき、「今日、何かした」という感覚があった。
うつのとき、一番つらいのは「今日も何もできなかった」なんだ。あれが毎日積み重なる。走ることは、その連鎖を切るスイッチだった。
「今日、何かした」と思って眠れることだった。
数字が、あとからついてきた
気づいたら、1kmが走れた。3kmが走れた。5kmが走れた。
1年かけて、70kgは57kgになった。
面白いのは、体重を減らそうとした期間が一度もないことだ。食事制限はしていない。走った後はプロテインを飲むし、おにぎりも食べる。
減ったんじゃなくて、戻ったんだと思う。
そう思う理由がある。自分の体重を並べてみると、こうなる。
うつになる前 55kg
休職中 60〜65kg
ピーク 70kg
いま 57〜58kg
ダイエットの目標体重を決めたことは、一度もない。それなのに、うつになる前の55kgのすぐ近くまで戻っていた。
あの15kgは、俺の脂肪というより、あの時期そのものだった。だから体が元に戻るとき、勝手にあの頃の数字に近づいたんだと思う。
いまはキロ7分半のスローペース。速くはない。でも14kmを走れるようになって、この前ついに20kmを走った。2時間30分。途中でトイレに行って、水を飲んで、ゼリーを食べて、ストレッチをして。
それでも、走り切った。
いまは「走って、食べて、強くなる」。
同じ体重計でも、乗ってる人の中身が別人だ。
ただし、順調な話ばかりではない
正直に書いておくと、この記事を書いているいま、俺は走れていない。
膝に違和感が出た。病院に行ったら筋を痛めているとのことで、湿布をもらった。しばらく走るな、ということだ。
この前、久しぶりに2kmだけ走った。それも「走れた」というより「走ってみた」に近い。
こういう時期は、正直こたえる。積み上げたものが減っていく気がして、焦る。
でも、うつをやったおかげでひとつだけ分かったことがある。
あの5ヶ月がそうだった。だから今回も、そういうことにしておく。
いまは歩いている。走れないなら、歩けばいい。
ちなみに走り始めた頃、近所の公園の外周2kmを測ってみたことがある。
歩きで20分、走りで15分。
あんま変わんないね
5分だ。あれだけ息を切らして、5分。
でもたぶん、その5分のために走っているわけじゃない。
11月、フルマラソンを走る
そもそも、フルを狙うと決めたきっかけは「タイムバケット」だ。
棺桶リスト——死ぬまでにやりたいことのリスト。その進化版で、「いつまでにやるか」まで書くやつだ。お金の勉強をしていて知った。
書いてみて、気づいた。フルマラソンは、60歳では無理だ。やるなら、いましかない。
最初は半分本気、半分冗談くらいの気持ちだった。それが、書いた瞬間に期限のあるものに変わった。
アクアラインマラソン。42.195km。エントリーは済ませた。
俺にとって、二度目のエントリーだ。
一度目は、その街にいた頃だ。走る前に諦めた。あれから10年が経っている。
完走できるかは分からない。歩くかもしれない。
実は「フルマラソン、ずっと歩いたら何時間かかるか」も調べてある。8時間くらいで完走している人がいた。
最悪でも歩けば終わる。そう分かっていたほうが、スタートラインに立ちやすい。
でも、それでもいいと思っている。
5年前、俺は布団から出られなかった。あの日の俺に「5年後、海の上を走ってるよ」と言っても、絶対に信じない。
だから、スタートラインに立つこと自体がもうゴールみたいなものなんだ。
17年前、「家族を守るチカラを試したい」と思って走り始めた。
そのあと俺は、家族に守られる側になった。5ヶ月間、何もできずに布団の中にいた。
だから今回は、証明でも挑戦でもない。ただ、走っている姿を見せられれば、それでいい。
もうひとつ、書いておきたいことがある。
フルを走ると決めた日に、俺はこんなことを書いている。
俺の価値観は、いい意味でいい加減だ。無理はしない。ダメな時は諦める。余裕でできる。
だけど、曲げられないものもある。
一度自分に負けて光が見えなくなった時に支えてくれた人達が、
助けを必要としている時に、自分が自分に負けてたら手を差し伸べられないかも。
そうならないように、自分自身に負けない強さがあるなら、そこへ近づきたい。
なんてね。
タイムはどうでもいい。順位も関係ない。
ただ、自分に負けない。それだけのために走っている。
そして走り切ったら、そのときの気持ちを歌にするつもりだ。もう決めている。
もし、いま動けない人がいたら
走れ、とは言わない。あの時期の俺に「走れ」と言う人がいたら、たぶん心を閉ざしていた。
でも、これだけは言える。
回復は、気持ちからじゃなくて、体から来ることがある。
やる気が出たら動くんじゃない。少し動いたら、やる気が「あとから」ついてくる。順番が逆なんだ。俺の場合はそうだった。
玄関を出て、100mだけ歩く。それでいい。今日はそれで十分だ。
同じ人間だ。